見返りを求めない友情。憎しみの連鎖から逃れるためにその友情に賭けた『BANANA FISH』レビュー
男同士の友情がとても新鮮でした。
最近のアニメは異世界・女・エロ・俺TUEEEばかりで何かその系統以外のものはないかなぁと探していたところ、Amazonが勧めてきたのが「BANANA FISH」。
映像がとてもスタイリッシュで、最初はミステリーから入ります。裏路地で倒れた人が「バナナ・フィッシュ」とつぶやいて死んでいきます。「バナナ・フィッシュ」って何だ…?
私はミステリー・サスペンス系が好きなので「あ、良さそう。恋愛系じゃないっぽいし」と見続けていき、エンディングまで楽しめました。アニメで続きを見たいと思うのは久しぶりの感覚でした。
目次
男同士の友情。荒んだ心を癒やしてくれる存在
この作品は男同士の友情を描いています。金髪の少年がメインキャラクターで「アッシュ」、日本からアメリカに気晴らしに来ている黒髪の少年が「エイジ(英二)」。この二人が中心となるストーリーで、エイジはアッシュに話しかけたことでマフィアの抗争に巻き込まれてしまいます。
マフィアとギャングの抗争・銃撃戦、薬物の製造・情報を巡る奪い合いの中で友情が描かれます。アッシュは親が悪く、売春をさせられ、マフィアに拾われ、その後そのマフィアに対抗するギャングのボスになっている。心が荒んでしまっています。
エイジは走り高跳びの選手ですが怪我をした経験からスランプの状態です。それを気にしたスポーツカメラマンの人に気晴らしにアメリカに連れてこられました。エイジは生まれが良く、マフィアや暗い商売など知らない純粋な心でアッシュに接します。
これがアッシュにとってはとても嬉しいことだった。
アッシュが作品中で言う台詞に集約されています。#18 でアッシュが敵にエイジを殺すと脅され、敵に従う時に相手に言う言葉です。
「俺は今とても幸福なんだ。この世に少なくともただ一人だけは…。何の見返りもなく俺を気に掛けてくれる人間がいるんだ。もうこれ以上ないくらい俺は幸福でたまらないんだ」
――「だが、それではおまえは破滅するしかない」
「偽物に囲まれて生きるよりずっといい」
ああ、良い台詞だなぁ。
アッシュはその美貌から何度も男性に性的虐待されてきましたし、マフィアのボスの元にいたときも常に体や人殺しなどの見返りを求められてきました。
良い環境に生まれた人にはたぶん分からない言葉でしょう。最近の日本では友達がいない人が増えているとのことなので、共感できる人も少なからずいると思います。
このアニメのレビューを見ると、良い環境で生まれた人なのか分かりませんが、「何でこんなに女々しいんだ」と評価を下しているものも多いです。私はこの視点に立つことができません。
アッシュのように、親が信頼できず、唯一信頼して話せた兄も死んでしまい、仲の良かったギャング仲間も殺さねばならず、マフィアの環境の中で育った人間が「男らしさ」など身につけられるのでしょうか。
暴力的なものは「男らしさ」ではありません。それはいわゆる「トキシックな男性像」です。
「男らしさ」って何? この問いは意外にも答えるのが難しいです。
このアニメを観ていない人は作風からハードボイルドものだと感じられるかと思いますが、そうではありません。心の機微を追った作品です。
私はアッシュに共感できるので、ラストシーンでは「アッシュに救いを与えて欲しい」と願っていました。
アッシュが日本に来てエイジと一緒に楽しんで欲しいなと。生きるか死ぬかという環境を離れ、平和な場所に来れば心が安らぐことでしょう。
この期待は裏切られます。ただ、このエンディングはもう一つの救いと言えるでしょう。アッシュが座っている場所はエイジが座っていた場所ですね。
アッシュは幸福を見つけたのです。
孤独でアッシュを嫉妬する人へも手を差し伸べる
アッシュはエイジを見つけ、友情を育みます。
この友情に対して嫉妬していくのが中国マフィアの李月龍(リー・ユエルン)。ユエルンも親を殺され、マフィアに育てられました。
アッシュと似ている境遇ですが、ユエルンは憎しみが深く、母親を殺したマフィアへの復讐ばかりを考えています。ユエルンはアッシュのことを調べて知っています。
友達になれると思っていたアッシュは自分の方を見てくれず、エイジの事ばかり。そこに嫉妬します。
本人も本当は分かっているのですが、嫉妬からどうしてもアッシュやエイジに対して厳しく当たってしまいます。ユエルンの目的からすると本当はアッシュの味方という立場になれるのに、エイジを殺そうとします。
しかし、自ら雇った殺し屋(アッシュの師匠)から止められます。
「ユエルン様、あなたは人を憎むことばかり覚えて、愛することを学ぶことができなかったのですね。かつての私もそうでした。」
「奥村英二をアッシュから奪うことは、もう一人私たちを作ってしまうということですよ。愛さず、愛されもせず、憎悪と虚無だけが生きる糧の、哀れな生を。あいつは憎んで覇者となるよりも、愛して滅びる道を選んだのです。愛さなければ、愛してもらうこともまたできません。」
――「行けよ…。行っちまえ、アッシュのところへ!」
「あなたを気に掛け、愛してくれるものがきっといます。」
――「いるかそんなの!」
「あなたが気付かないだけですよ」
ユエルンもやはり孤独です。母を殺した人を殺しても満たされません。
そんな彼へも救いの言葉を投げかける人がいます。上の殺し屋ともう一人。
このアニメは憎しみが必要のない争いを引き起こします。誰かが我慢して争いの連鎖を止めなければならないのですが、それは心が孤独や憎しみに支配されていると無理なのです。
アッシュもその連鎖の中にいました。でもアッシュはエイジを見つけ、その連鎖から逃れようとエイジの存在・友情に賭けたのです。
ミステリー要素の盛り上がりとエイジ側の友情の説得力が今ひとつ
全体的には良い作品だと思いますが、私の不満点としてはミステリー要素とエイジ側の友情の説得力です。
ミステリーっぽい始まりだが、ミステリーではない
ミステリー要素として、序盤でひた隠しにされる「BANANA FISH」の謎をもう少し盛り上げながらストーリーを勧めてくれるともっと楽しめました。
もう少し謎が解明していくゾクゾク感が欲しかった。ミステリー好きからの意見ですね。
アニメの序盤はミステリー要素として「BANANA FISH」で文字通り視聴者を釣っておいて、その後孤独・友情の話になっていきます。
振り返ってみると後半は抗争の銃撃戦が多く、何かを奪って、奪われて、というシーンの連続です。ここにやや単調さがあります。
でもアッシュの師匠が出てきたところは良かったです。私はこのタイプの師匠が大好きで、ゲーム「Xenogears」でのシタン・ウヅキ先生が大好きでした。彼にとてもよく似ています。
エイジ側の友情に説得力が足りない。エイジは何故アッシュを求めたのか
アッシュがエイジを求めていた理由はとてもよく分かります。
その一方でエイジがアッシュを求める理由というか、その心境に説得力が少し欠けます。アッシュの生い立ちを聞いていくと確かに同情をするのですが、同情と友情は違います。
エイジからするとアッシュの存在が唯一無二の親友とまで言えないように思ってしまいます。エイジはスポーツ選手としてはスランプですが、エイジが生きられる道はたくさんあります。
エイジには家族もいますし、日本では友達もいるでしょう。カメラマンの人もエイジを気に掛けてくれている。とても良い境遇です。アニメ中でもエイジはずっとのほほんとしています。
アッシュの生きる道はギャング・マフィアしかないという状況ですが、エイジは日本に帰れば何も困りません。そこにどうしても違和感があります。お金持ちに貧困を語られて白けるような。
「BANANA FISH」はマンガ原作のアニメで、カットされた部分が多いようですから原作だとちょっと違うのかも。
Amazonでのレビューに返答しつつ
Amazonのレビューでいくつかよく見られるコメントがありますので、それに絡めながらレビューを書いていきます。
「BL(ボーイズラブ)じゃん。キモ」
このアニメは原作がマンガで、1985年から連載されていた作品です。それを作者・吉田秋生40周年記念としてアニメ化されたようです。
作者の吉田秋生さんは女性です(Wikipedia)。私はこの方を知らないのですが、「海街diary」の作者なのですね。「海街diary」は映画にもなっていますから名前は知っています。
さて、BLや「女性が描いたマンガ」感は私もやや感じます。主役の男性たちは体が細く、アッシュは頭もスマートで、エイジは女性っぽくも映る。BLのようなコメディシーンもあります(エイジがアッシュに「おにいちゃん♡」と冗談で呼ばれる)。
「女性が描いたマンガ」らしく、女性的な視点で心情が描かれることもあります。現在の状況よりも心優先というか。「あなたの役に立ちたい」と無鉄砲に飛び出していくシーンはその典型かもしれません。
ただよくBL作品で見られるように、作者または女性の欲望・願望を託されたのがエイジだとまでは見られません。
そういう作品は受け側の男が女に置き換え可能なのですが、「BANANA FISH」はエイジが女性だと成立しない。エイジも受けで強い男に守ってもらうというタイプなのですが、男と女の関係というのはうまく想像できません。
お互いに尊重し合っているのを感じられ、そこで仮に男女の関係になるのを想像すると違和感があります。性的欲望というより、心でのつながり、という関係です。
BLにキモさを感じる人もいるかもしれませんが、「BANANA FISH」は普通のBLよりもかなり柔らかいBLですので、そんなに嫌わなくて良いと思います。
というか、なんでそんなに嫌いなんだろう? 主人公が同性愛者でも別によくない? 性行為がメインのマンガではないし。
「ホモ・ゲイが嫌いなら避けた方が良い」
これについては私は逆の意見です。
アメリカではカトリック教会の司祭などによる少年・少女への性的虐待がありましたし、日本でも教師による性的虐待のニュースを多く目にするようになってきました(男性教師の少年への性的虐待が結構あります)。
日本で教師が更衣室にカメラを仕掛け、生徒にそのカメラが見つかった時に、犯人の教師が真っ先に駆けつけて「誰がこんなことをしたんだ」と言いながらカメラを壊したのには笑いましたが。
もはや日本では教師のほとんどが変態のように思えます。いじめの問題でも教師が信頼できないという状況は最悪です。かくいう私もずっと教師を信頼できませんでしたが…。
私たちが思っているよりも、たぶん性的虐待は頻繁に起きていて、それが顕在化しつつあるだけです。虐待された人の心情を理解するためにも、観るのを避けるよりも観た方が良いのではないでしょうか。
未成年への虐待は、おそらく支配欲(コントロール欲)が根底にあります。
性的虐待で幼い人を対象にするのは、幼ければ言葉や力でねじ伏せることができるため。ロリコンはまだ大丈夫なのですが、支配欲が出てくるとレッドゾーンです。
暴力もコントロール欲の現れですね。怒鳴る人もそうです。
「異性の同性愛は神聖」
Amazonで面白いレビューコメントがあったので紹介しておきます。
ミィーコ(*´ω`*) - 全話見た後やっぱりコメント欄の賛否両論
...
ベタなBL作品かと思ったら
BL作品ではないことにビックリしましたやっぱりこういう精神的なのって
男性同士だから響くんだよなぁ
自分が女だからなのかもしれないが
それにしても本当に素敵な精神描写...
女性の描く特殊な男性って本当に魅力的
特にアッシュは綺麗で天使だったBLが良いというより変な話
性別なんて本当言うと関係ないんです魂と魂が求め合い支え合えるのって
男女で描くと恋愛描写も増えるし
嘘くささが出るように感じて
まさに共依存な感じが見てて好きじゃない
同族嫌悪なんだと思いますでも男性同士だと
なんて繊細で神聖に感じるのか
自分でも不思議です
これ面白い視点です。
女性から見て、男×男の方が真実の魂の結びつきを感じ、天使や神聖さを感じる。
実のところ、男の私から見ると、女×女に神聖さを感じます。
お互いに、異性の同性愛は神聖な感じがすると思っているわけです。
私は異性愛に嘘くささは感じません。同性愛の方が純粋さを感じますが、ハッテン場の話を聞くとその純粋さがガラガラと音を立てて崩れます。女性にもハッテン場のような場所があるのでしょうか。
私の場合は神聖な感じがするのはあくまでアニメやマンガの上の話です。現実の同性愛は性別が何であれ、神聖さは感じません。
ということは、アニメやマンガのような「汚いもの」が取り除かれた状態だと神聖さを感じるのかもしれません。神的存在のイメージは「綺麗」ですしね。
「戦闘にリアリティーがない」
これには賛同することができます。
どうして主人公達に弾が当たらないのか、アッシュの体が頑丈すぎる、など。遮蔽物に隠れていないのに体に敵の銃弾が一発も当たらない場面はおかしいです。
たしかに戦闘においてはリアリティーはさほどありません。
しかし、戦闘のリアルさだけで作品を判断するのが正しいとは思えません。
戦闘のリアルさ、作戦の方法などに不満はあるでしょうが、この作品はそこをメインに描いてはいません。
とにかくリアルでないと気が済まない人はこの作品は合わないかもしれませんね。戦闘がメインではないのですが。
久しぶりに続きが楽しみだった
最近のアニメは異世界・女・エロ・俺TUEEEが多くて、これを裏返しに見ると現代の病のようだと感じています。
恋愛要素が強いものは私は興味が湧かないのですが、恋愛系のものを避けると観るものが少なくて困っています。何か面白いアニメやドラマや映画はないかなと探す日々ですが、今回は良い作品に出会えました。
1日1~2話ずつ観ていき、毎日続きを楽しみにしていました。観たい作品があるというのは良いですね。
今のところ「BANANA FISH」はプライム会員なら Amazon Prime Video で無料で観ることができます。
最近流行のアニメに飽きている人にお勧めです。