FF XIII を「一本道である」として低く評価している人がいるけれど、私には理解できない。どうして一本道だといけないだろう。

「ゲームが一本道である」と言う時、ストーリーかゲームのマップに対して使われると思われる。それぞれを考えてみたい。

ストーリーが一本道、直線的

ストーリーが一本道でダメと言っている人はストーリーが1つしかないことを非難しているのだろうか。こうやって酷評している人が全く理解できないけれど、そういう人は小説や映画などに対しても怒るのだろうか。マルチエンディングが良いということ?

他には「ストーリーが直線的だ」という批判もある。「直線的」と「一本道」は本当は意味が違う。本来の意味では、「直線的」だと批判する人は、曲がりくねったストーリー、紆余曲折が好きということだろう。でも「直線的」は「一本道」とほぼ同じ意味のようだ

ここで「直線的ではない」ゲームプレイの説明を Wikipedia で見てみよう。

Nonlinear gameplay - Wikipedia

A video game with nonlinear gameplay presents players with challenges that can be completed in a number of different sequences. Each player sees only some of the challenges possible, and the same challenges may be played in a different order. Conversely, a video game with linear gameplay will confront a player with a fixed sequence of challenges: every player sees every challenge and sees them in the same order.

A nonlinear game will allow greater player freedom than a linear game. For example, a nonlinear game may permit multiple sequences to finish the game, a choice between paths to victory, or optional side-quests and subplots. Some games feature both linear and nonlinear elements, and some games offer a sandbox mode that allows players to explore an open world game environment independently from the game's main objectives, if any objectives are provided at all.

つまり、誰がプレイしても同じ過程を経るゲームを「直線的」だとしているようだ。「一本道」と同じような意味だろう。そういう分類は分かるけれど、これだけでは「直線的でない」ことが「直線的である」ことよりも優れているとする理由が分からない

Wikipedia の説明では「プレイヤーにインパクトを与えるためにゲーム内での選択がエンディングに反映されるゲームデザインが増えている」とある。RPG での例はもちろん BioWare の Mass Effect や Dragon Age。

私もこれらのゲームはプレイした。確かに道徳に関する難しい選択はあるものの、全体のストーリーはそんなに良くなかった。「プレイヤーの選択が後のストーリーに影響します」が宣伝文句の Dragon Age、The Walking Dead などひどいものだった。プレイヤーの選択はストーリーにほとんど関係なかった。プレイヤーの行動がゲームに影響するのは「ときめきメモリアル」の方が優れている。

このことから分かるのは、「直線的でない」ゲームならば「ストーリーが良い」かというとそうではないということ。ストーリーの善し悪しを批評する場合、直線的かどうかだけで判断を下してはならない。

「一本道」、「直線的」だとしても、私はストーリーの出来がしっかりしていればどうでも良いと感じる。「STEINS;GATE」だって一本道。それでもストーリーが本当に面白い。「STEINS;GATE」は細かく言うとマルチエンディングではあるのだけど、あれはバッドエンドなので本当のエンディングではない。

また、Dragon Age と Mass Effect を見ると、この「直線的ではない」ゲームデザインが成功しているとは言いがたい。結局のところ、直線的でないデザインでも良いけれど、ストーリーの良さがまず必要だと思う。

海外のゲームで、マルチエンディングで成功しているゲームは、私の知っているゲームでは「Heavy Rain」だと思う。あのゲームは事件の真相にどのように迫るかがプレイヤーにかかっている。失敗してもゲームオーバーにならずにストーリーが続く。プレイヤーの選択が後のストーリーにしっかり影響している。


HEAVY RAIN(ヘビーレイン) -心の軋むとき- PlayStation3 the Best

それはいいとして、私は FF XIII をマルチエンディングにする意味が分からない。エンディングは1つだけで良い。つまりストーリーは一本道、直線的で問題ない。

マップが一本道

マップが一本道であるという批判に対しては、FF XIII のマップの多くが一本道である事実は理解はできる。確かに一本道なマップが多い。しかし、何がいけないのだろうか。大抵の RPG は細かな分岐こそあれど、その道は合わさりすぐに一本道になる。

「マップが一本道だ」という人はマップの幅の狭さに注目していて、「一本道」の対極として「オープンワールド(360度に広く動けるマップ、World of Warcraft などの MMO のマップの感じ)」を想定しているのかもしれない。しかし、マップが広いと細部が作り込まれないゲームが多く、Far Cry 3 はその良い例。マップが広ければ良い訳ではない。過去の FF も一本道だし、ドラクエも一本道だし、テイルズシリーズも一本道。その一本道が作り込まれていれば良いのではないだろうか

「Fallout 3 を見よ」というなら私はそのゲームをつまらないと思っているので、マップが一本道でないのが良いとは思えない。たとえ「オープンワールド」でも、私はプレイヤーが通る道筋は数通り以下に決まると考えている。最悪一通りになる。

広い世界を歩きたい人はそういうゲームを選べば良い。でもそれを FF XIII にまで押しつけるのは理解できない。

ゲームシステムが一本道 = 戦闘の自由度が低い

ストーリーやマップ以外に対して「ゲームが一本道だ」と言うとき、「ゲームシステムの自由度」とも少し関わっている気がするのでこちらも少し書いておきたい。自由度がないことを「一本道だ」とはあまり表現しないと思うけれども。

プレイ所感でも書いたけれど、戦闘のメンバー選びは自由度が意外とない。これはどの敵へも対応できるようにメンバーを構成してしまうからだ。その構成条件を気にしないなら、自由ではある。そのほか、スキルツリーのデザインやスキルポイントを考えても、やはり戦略の自由度は FF XIII はそれほど高くない。

ここに対して自由度が低いという批判は分かる。確かにその通り。好きなクラスを選べますと言っても、メインクラス以外のスキル取得はやはりコストが掛かるようになっている。

FF XIII は戦闘が少しきついようにデザインされているので、難易度を下げて敵を弱くすると自由度は上がる。ただ、今作はパズル的な戦闘なので、難易度を下げるとある意味そのパズルの答えを手放すことにも繋がる「どのキャラクターでも、どの戦略でも戦闘に勝てます」というように自由度を上げると、やはりゲームが簡単になる傾向にある

こう考えると、FF XIII の戦闘はこれで良かったのではないだろうか。ドラクエのようにぼーっと戦っていると勝ってしまう雑魚戦よりはこちらの方が遙かに楽しい。

もし「一本道」「直線的」を悪とするなら

どんなときも「一本道は悪である」と考えている人がいたら、是非どうしてなのか教えて欲しい。私にはどうして「一本道でないこと」にこだわるのかが本当に分からない。

単に好みの問題なら分かるけれど、FF XIII は「一本道だ」として批判されすぎているこれは「一本道」が一般に悪として扱われているからだと思われる。私のように「一本道でも問題ない」、または「一本道が好きだ」と言う人は珍しいのではないだろうか。

映画を見て、「この映画、一本道だった」と批判するだろうか。ゲームに対してのみ「一本道」という言葉が使われるように思う。自分が主体となる娯楽の場合に使うのだろう。こう考えると、私はゲームを半分は小説や映画のようなものとして捉えているので「一本道」が気にならない

しかしそうではない人が「ゲームが一本道だ」と言う場合、ゲームに何を期待しているのだろう? ストーリーを自分で選択したい? マップが広大であるという見せかけの自由が欲しいのだろうか?

マルチエンディングなゲームを望んでいる人もいるだろうけど、ほとんどの場合マルチエンディングなんてどうでも良くないだろうか。シナリオライターが考えた、一番良いストーリーを見たくないだろうか。例えばマルチエンディングのゲームで、トゥルーエンドを求めてプレイしてはいないだろうか? それは唯一の道を探している行動である。

マルチエンディングなゲームがエロゲーやギャルゲーだとしたら、マルチエンディングの必要性が分かる。好きなキャラクターがいるだろうから、そのキャラクターがメインになるルートに行きたいのは分かる。それは好みの問題なので好きにして欲しい。そういったゲームにはマルチエンディングが必要。上で挙げた「Heavy Rain」もマルチエンディングのデザインがうまくいった例だろう。このゲームはそれで良かったと思う。

ストーリーに対してでもマップに対してでもいいので「一本道は悪」という根拠を是非教えて欲しい。その時、一本道ではないゲームを必ず1つは挙げて欲しい。もっと言えば、FF XIII を一本道でないようにすると何が良いのかも聞いてみたいけれど、さすがに求めすぎだろうか。

「レビュー」の最新記事

最新記事

About

Nomeu

ほとんどのジャンルのゲームが好きです。特に好きなのはRPG。「Xenogears」「クロノトリガー」「ペルソナ3、4」とか。ドラクエは「V」。主人公が「勇者」ではないところが好き。ビジュアルノベルは「STEINS;GATE」「Ever 17」「AIR」が好き。

どこぞの作曲コンクール最優秀賞受賞。好きなゲーム音楽は「愛のテーマ (FF)」「Heartful Cry (ペルソナ)」「夢の卵の孵るところ (Xenogears)」「凍土高原 (Kanon)」「夜の底にて (クロノトリガー)」「Theme of Laura (Silent Hill 2)」「Scarlet (みずいろ)」「bite on the bullet (I've)」など。たくさんありすぎてスペースが足りません。

ゲーム音楽以外だと「Ballet Mecanique (坂本龍一)」「月光 第3楽章 (L.v.Beethoven)」「水のない晴れた海へ (Garnet Crow)」「Angelina (Tommy Emmanuel)」「空へ… ライブ版 (笠原弘子/ロミオの青い空)」「太陽がまた輝くとき (高橋ひろ/幽遊白書)」「スカイレストラン (ハイ・ファイ・セット)」など。

Twitterのアカウントはありますがうまく扱えていません。Twitterでご連絡の際はDMだとメールが来て気付けます。