「クトゥルフ神話」が想像よりも日常に接続されたサスペンス・ホラーだった

田辺剛のマンガ「ラヴクラフト傑作集」シリーズを少しずつ読んで、「ダニッチの怪」の終わりまで読み終えました。

田辺 剛 (著)
レビュー件数:348
(投稿時点)

ハワード・フィリップ・ラヴクラフトの「クトゥルフ神話」はゲーム好きなら一度は聞いたことがある言葉でしょう。これを元にしたゲームが結構あります。

アニメでは「這いよれ! ニャル子さん」シリーズが有名かと思います。ラブコメですが。

2012
長澤剛
レビュー件数:21
(投稿時点)

私も「クトゥルフ神話」は良く聞く言葉で大体のイメージとしては、ゲームの「Amnesia: The Dark Descent (cf. Steam)」的な世界観でした。

ピンク色のタコとか豚とかみたいな生物で触手がある生物が登場したり、生物の胎内を思わせる空間を歩かなくてはならないホラー。

原作の小説は読んだことがないのですが、「クトゥルフ神話」を知るには良い機会だと思い、田辺剛の「ラヴクラフト傑作集」を読み始めました。

ラヴクラフト傑作集」はラヴクラフトが書いた小説を田辺剛が1作品ずつマンガ化しているシリーズです。

ラヴクラフトの「クトゥルフ神話」は小説ですので、元はテキストです。通常は読者がテキストとして登場する「悍(おぞ)ましい生物」を想像しなくてはなりません。

しかし「ラヴクラフト傑作集」では田辺剛が言葉を絵にしています。腕の見せ所です。

楽しめた度

想像したよりも日常に接続されたサスペンス・ホラーな作品だった

ダニッチの怪」のストーリーの始まり

マンガを読んでみると、私が想像していたよりも日常に接続されたサスペンス・ホラー的なストーリーでした。

グロテスクな場面や悍ましい生物がたくさん出てくるファンタジー系のホラー作品かと思っていたのですが、想像よりも緩やかなストーリーで、日常から始まり、徐々に恐怖を掻き立てるものでした。

日常の生活でふと奇妙な古代のアイテムを目にしたり触れてしまい、そこから奇妙なことが起き、恐怖が始まっていくということが多い。

ゲームの印象から入った私には結構意外でした。

どこかを探検するなどの非日常でホラー体験をするホラー映画などが多いですが、ラヴクラフトのストーリーは日常から始まるものが多いです。

人や動物がよく死んだりはしますが、私からすると田辺剛の絵ではそんなにグロテスクではありません。ホラーゲームでは「グロテスクといえばクトゥルフ」という認識があるような気もしますが全然違いました。

田辺剛の「ラヴクラフト傑作集」で取り上げてマンガ化された小説はパターンとしては大まかに2通りあり、奇妙な古代のアイテムを見たり触れたりして悍ましい生物が復活して殺しにやってくるパターンと、考古学的な知識を持つ人が奇妙なものや出来事を調べて発狂するパターン。

サスペンス・ホラーの場合は前者で日常から始まり、「クトゥルフ神話」の歴史を説明する場合は後者の探検などの非日常から始まるストーリーが多く、意図的に分けられているようです。

「クトゥルフ神話」とは何かを知るには、後者の考古学的なストーリーの方が分かりやすいです。

狂気の山脈にて」がクトゥルフ神話の歴史が分かりやすい

「クトゥルフ神話」とは何かが分かりやすかったのは「ラヴクラフト傑作集」の第4巻から始まる「狂気の山脈にて」というお話。マンガ4冊分で描かれたストーリーです。原作はH.P.ラヴクラフトの最長編とのこと。

この話は19世紀末~20世紀の南極探検の時代に合わせたストーリーになっています。

機械学、生物学、物理学(隕石学)、地質学の教授陣をチームにして南極を探検していると未発見の黒い山脈に出会い、洞窟の入り口を見つけ中に入ってみると奇妙な生物の死体を見つけました。

ここからこの生物達が作った街が見つかり、壁画などから歴史を知ることができます。

この南極の探検が流行った頃は、今ほどテクノロジーが発展しておらず、GPSがなかったりして、探検で未知のものを発見できる可能性や、未知のものを発見する楽しさがありました。

昔(といっても平成?)のテレビでも、「○○探検隊」や、ツチノコやネッシーや雪男を探してみたりしていました。可能性は少ないけどいるかもしれないという夢がありました。

ラヴクラフトは南極探検の時代に生きた人物(1890年8月20日~1937年3月15日)で「クトゥルフ神話」はその当時を描いています。未知のものを発見するホラー感があって楽しいです。

今は GPS や人工衛星があって Google Earth などで地上ならほとんどの場所が見られますので、未知の場所が減って、宇宙を除くと海底が地球にある最後の未知の場所かもしれません。

最近のオカルトでは UFO は海底深くに拠点があることになっているのは面白いです。

クトゥルフ神話とは。歴史をかいつまんで説明

ラヴクラフト傑作集」で読んだ部分から私がかいつまんで短く歴史を書いてみます。

なお、Wikipedia を読むと分かりますが、「クトゥルフ神話」は派生があります。なので正確には「ラヴクラフトのクトゥルフ神話」=「ラヴクラフト神話」と言った方が良いかもしれません。

クトゥルフ神話 - Wikipedia

クトゥルフ神話(クトゥルフしんわ、Cthulhu Mythos)は、パルプ・マガジンの小説を元にした架空の神話[1]。

20世紀にアメリカで創作された架空の神話であり、「アメリカ神話」とも呼ばれる。作中では逆に、人類史の神話は太古からのクトゥルフ神話の派生であるということになっている。

パルプ・マガジンの作家であるハワード・フィリップス・ラヴクラフトと友人である作家クラーク・アシュトン・スミス、ロバート・ブロック、ロバート・E・ハワード、オーガスト・ダーレス等の間で架空の神々や地名や書物等の固有の名称の貸し借りによって作り上げられた。

太古の地球を支配していたが、現在は地上から姿を消している強大な力を持つ恐るべき異形の者ども(旧支配者)が現代に蘇ることを共通のテーマとする。そのキャラクターの中でも旧支配者の一柱、彼らの司祭役を務め、太平洋の底で眠っているというタコやイカに似た頭部を持つ軟体動物を巨人にしたようなクトゥルフが有名である。

地球が誕生してから間もない頃に宇宙から知的生命体「古(いにしえ)のもの」がやってきます。これが「狂気の山脈にて」で探検隊が発見した、頭が星形の生物です。

人類の誕生よりもかなり前です。地球に海があったとのことで、調べてみると44億年前あたりのようです。

国⽴研究開発法⼈海洋研究開発機構(JAMSTEC)の 地球46億年の歴史と生命進化のストーリー より。

「クトゥルフ神話」では宇宙生命体が地球に到着した年代にはあまり気にしない方が良いです。よく考えると「あれ?」と思うことが多いです。

この生物が南極の海の中で街を作って住み着き、地上にも進出。彼らは透明な「ショゴス」と呼ばれる変幻自在の多細胞生物を作り出し、食用にしたり使役したりしていました。

しかし生活が安定した頃、そこにさらに別の宇宙生物が地球にやってきます。「ク・リトル・リトル」と呼ばれる生物。

狂気の山脈にて」では「ク・リトル・リトル」と書かれていますが、これは「クトゥルフ」の別名です。「Cthulhu」の発音が分からないことに由来する表記揺れです。

「クトゥルフ」は他にも別名があり、最近では「クトゥルー」と表記されることが多いような気がします。これがラヴクラフト本人の発音に近いようです。

「ク・リトル・リトル / クトゥルフ」と「古のもの」の2つの生物間で縄張り争いが始まりました。

最終的に和平交渉が行なわれ、「クトゥルフ」たちは南極に攻め込まず別の大陸に拠点を置くことになりました。その後「クトゥルフ」は大規模な地盤沈下で海の底へ消えます。

地球の陸も海も「古のもの」が再び覇権を握ります。しかし、今度は奴隷として使役していた「ショゴス」に脳ができあがり、「古のもの」に反乱。戦いの末、「ショゴス」は鎮圧されます。

さらに別の宇宙生命体が地球にやってきます。今度は「ミ=ゴウ」=「呪われた雪男」。彼らは「古のもの」を押しのけ、北極あたりに住み着いたようです。

他にも「イースの大いなる種族」などの別の宇宙生物も地球にやってきたりしました。「イースの大いなる種族」については「時を超える影」で歴史が説明されます。

結局のところ、「古のもの」は南極だけで活動するようになり、地球の氷河期で宇宙生物たちはほとんど死亡したようです。

その後、人類が地球で発展していきます。

「クトゥルフ神話」は人類史以前の、太古の昔に地球で活動していた宇宙生物のお話ということです。

なお、昔の宇宙生物のことは禁断の魔道書「ネクロノミコン」、史上最古の書「ナコト写本」に書かれているという設定です。

ラヴクラフトのストーリーでは「ネクロノミコン」は大学図書館など色々なところに存在していて結構簡単に入手できる印象です。

「クトゥルフ神話」を題材にした作品では、何かして太古に存在した宇宙生物を呼び起こしてしまい、そこから怪奇現象が始まるという話が多いです。あと宇宙生物は臭い(くさい)ことと、光に弱いことが共通点です。

サスペンス・ホラーとしても面白い

上で説明したとおり、「クトゥルフ神話」とは何かを知りたい場合は「狂気の山脈にて」が分かりやすいのですが、サスペンス・ホラー要素は弱め。

私はサスペンス・ホラーが好きなジャンルの1つなのですが、このジャンルとして面白かったのは「時を超える影」と「インスマスの影」です。

田辺 剛 (著)
レビュー件数:490
(投稿時点)

時を超える影」は大学の教授が精神を乗っ取られる話です。

突然倒れ、意識を取り戻したら5年半後でした。しかし、本人に5年半分の記憶が無いだけで、周りの人からその間にも活動していたと言われるのです。

このストーリーの出だしは最高ですね。ものすごくサスペンスで興味をそそられます。

これも太古の宇宙生物が原因という話なのですが、宇宙生物が原因ではなく、霊が乗り移ったとかの話にしたとしても面白そうなアイディアのストーリーです。そのストーリーのホラー映画を観たいです。

インスマスの影」は行かない方がいいよと言われる港町に行ってみたら、魚のように目が丸い人たちが住んでいる街だったという話です。

サスペンス・ホラーとして良い始まりですね。この話はオチも良かったです。ホラー成分が強めのストーリーです。

「旅行中に車が壊れて、その近くにあった変な田舎町にやってきた」感もありますね。ああいうストーリーも好きです。

「クトゥルフ神話」はラヴクラフト本人の恐怖の表れ

H.P.ラヴクラフトは非白人への強い恐怖感と強い偏見があったため、アメリカで幅をきかせていく黒人への恐怖を「クトゥルフ神話」を使って「悍(おぞ)ましい生物」として描いたという分析があります。

上の画像の「ダニッチの怪」に登場する子供の肌が黒いのはその影響かもしれません。その子供はおそらく馬がモチーフで、白人の親から肌の色が黒い子が生まれているので混血への恐怖でしょう。

また海の生物に対する恐怖心もあったため、「悍ましい生物」としてタコ・イカ・魚・触手を描いたという話もあります。

クトゥルフ神話 - Wikipedia

ラヴクラフトのモチーフ

従来、ラヴクラフトがクトゥルフ神話に描いた恐怖は、彼自身の価値観に由来していると考えられてきた。彼の作品には、自身の家系から来る遺伝的な狂気への恐怖、退行、悪夢などいくつかの共通したモチーフが見られる[7]。またラヴクラフトは、海産物に対して病的な恐怖を抱いていたことがクトゥルフなどの造型に関係しているのだとみなす向きもあった[8]。さらにラヴクラフトには非白人への恐怖感や嫌悪感があり、20世紀前半当時としては問題にはならないが現代であれば人種差別主義と言えるほどの偏見で、諸作品における人間と人ならざるものとの混血といったモチーフに結びついている[9][10]。ニューヨークに象徴される現代アメリカ文化に対する嫌悪感も強く描写されており、ラヴクラフトの恐怖と嫌悪は、人種云々以前に現実全般(己自身をも含む)に及んでいたものと思われている[11]。

対して好古趣味で知られ、アメリカ植民時代の古い建築物街並みの描写がしばしば登場する。自身も古い時代の家に住んだことを喜んでいる手紙を書いている。また化学、天文学に強い関心があり、「科学を信じると共に宗教心を失ったが、悪夢にも苦しまなくなった」としている。架空の天体、宇宙から来た生物などSFの要素が強いのもクトゥルフ神話の特徴である。ギリシア神話や詩、童話に影響を受け、文学以外では、ドレやゴヤの絵画を挙げている。

HBOのドラマ「ラヴクラフト・カントリー」で人種差別などが描かれているそうです。このドラマを観られる動画配信サービスが少ないのが難点。

2020
ミシャ・グリーン, J.J.エイブラムス, ジョーダン・ピール
レビュー件数:4
(投稿時点)

「スタートレック」「スターウォーズ」などの監督で知られるJ.J.エイブラムスと、「ゲット・アウト」「Us」で知られる監督ジョーダン・ピールが携わっていて制作陣は豪華です。

ラヴクラフトの「クトゥルフ神話」を知ることができて良かった

「クトゥルフ神話」はもっと過激なグロテスク・ホラーかと思っていたのですが、想像と結構違いました。

「クトゥルフ神話」に関係なく、ホラー好きの人も楽しめると思います。怪奇現象のホラーという感じです。

ラヴクラフト傑作集」のマイナスポイントを挙げるとすると、展開がゆっくりなことと、やや文字が多いこと。あとは絵がちょっとごちゃごちゃしていて、モノの境界(線)が分からないことがあります。

でも小説を読んでテキストから自分であれこれ想像するよりもマンガだと全部絵がありますので随分楽で助かります。ラヴクラフトの書く「名状しがたいもの」を想像しろと言われても困りますから。

ラヴクラフト傑作集」は現時点で16巻まで出版されています。最新が「ウルタールの猫」。

田辺 剛 (著)
レビュー件数:141
(投稿時点)

ラヴクラフト傑作集」シリーズの最初の1巻が「魔犬」なのですが、潜水艦の話から始まるため軍事で硬派な作品の雰囲気があり、やや取っ付きにくいと思います。この頃は絵もちょっとぎこちなくて堅いです。そこを過ぎると読みやすいストーリーになります。

田辺 剛 (著)
レビュー件数:845
(投稿時点)

「クトゥルフ神話」に興味がある人は是非読んでみて下さい。「クトゥルフ神話」を題材にしたホラーゲームをイメージしている人は印象が変わると思います。

田辺 剛 (著)
レビュー件数:348
(投稿時点)
Nomeu / のめう
PCゲーマー

ゲームに没頭している時間は幸せ。

レビューとか良さげなセール情報とかを書いていきます。

コメントは X/Twitter にお願いします。